
アメリカの人も同じ間違いをすることが往々にしてあるのですが、逆のポジションを取るケースを非常に多く見かけます。言葉の上では判りやすいことなので、「ああ、判ってるよ!」と一言で片づけられそうなのですが、いくつか具体的事例(NDAと見積もり)を挙げて、どういうことがテーブルをみることかを説明します。 簡単な交渉毎でも、昨今だとIP (Intellectual Proprietary)などがうるさく言われるので、NDA (Non-Disclosure Agreement)を取り交わしてからお話をしましょうということが当たり前になっています。このNDA、一種の契約ですからどこの会社でもしかるべき人がサインする必要があります。ただ、アメリカだと日常的にNDAを取り交わすので、サインするべき人に書類を回せばそれで終わりです。もちろん内容によっては、弁護士による内容の点検などの作業が加わることがありますが、取りあえず開示する前に他で口外しないように程度の内容だと、それほどの手間もかけずにサインします。 ところが、日本の企業の方にNDAのドラフト(draft)を渡すと(通常、お互いのフォームが決まっていないときは事前にドラフトとして内容をお互いに検討します。)、場合によっては何週間もかけて真っ赤に訂正を依頼する朱書きが付いたものが返送されてきます。この時点で、アメリカ企業側は、本当に取引がしたいのか疑い始めることになります。なぜなら、NDAは交渉毎ではなくて、交渉のための事前準備です。お互いに問題の出ない範囲で最大限開示しあって議論を尽くし、最善の絵を描くための下地作りなのです。ところが、これほどまでに事前作業で自分の側だけを主張されると、交渉するつもりなのか?という疑問が湧くわけです。 私の理解では、日本式だと事前準備で周到に最終の形までのものまで作り上げるように思います。そのため、準備期間が非常に長く、プロジェクト進行を見ていると全く進んでいないのと同じ感じに見受けます。ところが、いったん進み始めると形が決まっているので変更もしにくい反面、つつがなく進みやすいように思います。一方、アメリカの人は最初から最後の形を見るなど頭からできないと考えています。1ヶ月先、3ヶ月先、半年先・・・だんだんと不透明になっていく未来に対して現状の知見で全てを決めることができない。そう考えるので、取りあえず動かすために必要なものだけを並べます。車だと、ボディー、タイヤ、ハンドルとなにがしかの動力というところでしょうか。走らせてみて、形はもっとこうした方がいいとか、外装はこうしようとか、基本以外の部分は後から決めるやり方をとります。そのため、後から「やっぱり、タイアはこっちにしよう」などと大幅な変更をしたりします。 この組み立て方の違いは、NDAに対するとらまえ方の違いとなっているように感じています。でも、別の場面では、全く逆のことが両方の文化で存在します。それは、見積もり価格です。見積もり(quotation, estimation)のやり方は、正確に言うと先の話の逆ではないのですが、形の決め方が逆に見えるので逆と書きました。日本での見積書の数字はどれほどの意味を持つでしょうか?多くの場合、請求書の数字と差異がほとんどないのでは?と思います。アメリカの場合、見積もりには2つ、見積もりと概算見積もり(budgetary quote, ball park price)、あります。日本でも言葉の上では同じように2つありますが、どうも使われ方が違うように思います。 アメリカで概算見積もりとあれば、その数字は理由と共に大幅に変わることがあります。もちろん明確な事由が無い場合は、変わらないはずです。いくらアメリカでも理由もなく変わることはありません。ところが、日本の企業からの見積もり依頼を受けるときに、概算でいいからと本当に適当な条件だけからの見積もり依頼が来ます。当然ながら、かなりの幅がある試算になるわけで、それを反映したかなりいい加減な見積もりになります。そして、話をお互いに煮詰めていくと、当初の想定仕様から随分と違ったものが最終の製品仕様になったりします。また、最初からきちんとした仕様で見積もり依頼が来たにもかかわらず、仕様変更によって随分と様変わりすることもあります。日本の受け手なら、あらかじめこの程度の上乗せや変動があるだろうなどと見越したものを考えられるかも知れませんが、アメリカには「慮る」と言う言葉の概念がありませんし、勝手に聞き手が味を付けたら余計なこととしてマイナスに働きます。したがって、聞いた内容だけを完璧にうけることが最上の行動なのです。そのため、最終価格で折り合いが付かなくなることが散見されます。こんなことが3回も連続して起きれば、少なくとも担当レベルでは、まともに相手の言うことを考えなくなります。(日本でもアメリカでも) この問題は、お互いに相手をよく知らないことに問題の根があります。お互いのシステム、ビジネス上の進め方、相手の考える範囲と自分が伝えるべき範囲など共通にないものを同じであろうと勝手に思いこんでいるバイアスが、取引を歪めています。アメリカの企業が学ぼうとしないなら、日本の企業の側でこの歪みをくるみ込めば、相手はシャカの手の中の孫悟空です。それを、あいつらはこんな事も判らない愚かな奴だとうそぶくのは、天に向かってつばを吐くようなものです。 交渉毎では、言葉の問題が歴然としてあるためにそちらに目を奪われがちですが、その手前にいろいろな壁や堀があるものです。遠くを見る前に足下を確かめてみられるのも肝要かと思います。 05/20/03 |
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07/16/03 Updated
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